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13.アブルッツォ州の魅力とは

アブルッツォ州の特色

イタリア半島中ほどに位置し、東はアドリア海に面し、北はマルケ州、西はラツィオ州、南はモリーゼ州と接している。地理的にはイタリア半島中部に属するが、長年に亘ってナポリ王国の支配下にあったため、文化・経済面で南イタリアとの結びつきが非常に強い。

州全体が山がちで特にグラン・サッソ・ディタリアの山脈を中心として2,500mを越す高峰が並ぶ。
コルノ・グランデ山は半島部で最も高く、それらの山脈群を中心に州の南北に渡って国立公園が隣接する自然に恵まれた州である。
また、東のアドリア海に目を向けると、海岸線にはペスカーラを始め多くの海水浴場がある。

全域にわたってローマ時代の遺跡が残っていることでも知られる。

ローマ以降、この地域は位置的な宿命から外敵の侵入と戦いの歴史であった。ロンゴバルド族やフランク王国、教皇領からシチリア王国、スペインの支配からハプスブルグを経てナポリ王国、そしてナポレオン支配下からブルボン王朝支配下での暴動の時代と、時代や支配者に翻弄され続けた。

現在は観光産業のほか、丘陵地帯を中心に果樹栽培が行われ、海岸地域にはフィアットやホンダなどの大工場もある。
歴史と芸術に溢れ、観光産業が盛んであり、近年では豊かな自然を活かし、バードウォッチング、ハイキング、スキーなどのアクティビティや、アブルッツォ国立公園での野生動物や植物観察も人気を集めている。

州都 ラクイラ

1254年に都市として創建され、都市の勅許はシチリア王コッラード1世(皇帝コンラート4世)によって与えられた。当時の名はアクイラといった。
1861年からアクイラ・デッリ・アブルッツィと称し、1939年から現在の名称となった。

市はこの土地にあった多くの村の連合によって創建された。地元の伝説では99の村が集まり、それぞれの村は都市の中に自分の区画をもち、母体となった村と結ばれていた。
中世以来シチリア王国、後にはナポリ王国の支配を受ける自治都市であったが、短期間教皇領となったこともある。
シチリア王国の時代には、パレルモに次いで2番目に勢力があり、経済的にも繁栄した都市であったが、16世紀に衰えた。

今日、ラクイラは観光地となっている。16世紀に建てられたスペイン様式の城砦、ロマネスク様式のサンタ・マリア・ディ・コレマッジオ聖堂、ルネサンス様式のサン・ベルナルディーノ聖堂、中世に作られた99の水管をもつ噴水、そしてラクイラの母胎となった数々の村が主要な観光資源である。

2009年4月6日のラクイラ地震で大きな被害を受けた。
その際、イタリア政府は国際的な被災地支援を狙い、同年7月に同国がホスト国となる主要国首脳会議の開催地を地中海の保養地ラ・マッダレーナから急遽ラクイラに変更した。