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12ラツィオ州の魅力とは

ラツィオ州の特色

イタリア中部の州。「ラツィオ」の名は「ラテン」の語源ともなった古い地名「ラティウム」に由来する。

州都は世界遺産の町ローマ。
オスティア・アンティーカの遺跡や水道橋、アッピア街道など今も古代ローマ時代の面影が残る。ティヴォリにはハドリアヌス帝の別荘ヴィッラ・アドリアーナと噴水が美しいヴィッラ・デステという二つの世界遺産。
ローマの南東に広がる丘陵地帯カスッテッリ・ロマーニには、白ワインで有名なフラスカーティや花祭りで有名なジェンツァーノ、ローマ法王の離宮もあるカステル・ガンドルフォなどの小さな街や村、そして湖が点在している。
また、タルクイニアとチェルヴェテリにある、エトルリア時代の古墳群(ネクロポリ)も世界遺産に登録されている。

州都 ローマ

ティレニア海にそそぐテヴェレ川河口から25kmほどさかのぼった位置にある。
イタリアの首都で、ラツィオ州の州都でありローマ県の県都。

伝説によれば、ローマは紀元前753年、テヴェレ川東岸の「ローマの七丘」のひとつ、パラティーノの丘に建設されたという。
七丘とは、パラティーノ、アヴェンティーノ、カピトリーノ、クイリナーレ、ヴィミナーレ、エスクイリーノ、チェリオの丘をさしていた。
考古学的には、紀元前1000年にはすでに人が定住していたことが証明されている。
歴史的に由緒のある地区は意外に狭く、そのほとんどがテヴェレ川東岸にあり、ローマの過去の栄光を示す記念建造物の大部分もこの地区にある。

都市国家ローマから王政ローマを経て、共和政ローマ、ローマ帝国の首都となり、皇帝アウグストゥスの時代には100万人が居住する世界最大の都市となったが、395年にローマ帝国が東西に分かれた後、政治的重要性は大きく低下した。
西ローマ帝国や東ゴート王国など、いくつかの国の支配を経てフランク王国のカール1世が征服。
800年にカールによりローマ教皇に寄進されたとされ、15世紀半ば以降、ローマ教皇領の首都として栄え、ルネサンス文化の中心地となった。
その後、一時ナポレオンによる支配を受けたものの、イタリア王国の誕生までローマは永く教皇領で有り続けた。

現在はイタリアの首都で政治や経済、文化の中心地的存在であるとともにカトリック教会の中枢でもあるほか、市内には国際機関や多国籍企業の本拠があり、イタリアを代表する大企業の本社や官公庁が立ち並ぶ世界的に重要な都市となっている。

いうまでもなく観光のメッカであり、古代ローマ帝国の時代から、ルネサンス、バロック、現代と人類のあゆみをそのまま今に伝える永遠の都。バチカン市国を筆頭に、フォロ・ロマーノ、コロッセオ、パンテオンなどの遺跡群や、ボルゲーゼ美術館、カピトリーノ美術館などの美術館、ローマ国立博物館、ヴィッラ・ジューリア・エトルリア考古学博物館などの博物館、ローマといえば忘れてはならないスペイン階段や真実の口など、とても数日の滞在では見つくせない程凝縮されている。

世界遺産

ローマ歴史地区・教皇領とサン・パオロ・フォーリ・レ・ムーラ大聖堂
ヴィッラ・アドリアーナ
ティヴォリのヴィッラ・デステ(エステ家別荘)
チェルヴェテリとタルクィニアのエトルリア古墳(ネクロポリ)
バチカン市国